馬渡島の猫よ

これは馬渡島の猫ですよ。港にいて、人懐こいんですよ。船から降りた人間に寄って来て。みゃあとも鳴くし愛想がよい。そしてシャイ。この写真、「撮影者は絶対に嫌われている」という印象を与えるだろうけれど、そんなことないんですよ。なにぶんシャイだから。さっきまで体を掻いてもらって気持ちよさそうにしていたのが、スマホを向けるとこうなっちゃう。この人間が気になるけれど心を開こうか開くまいか迷っている。そういう心の揺らぎの見えそうな、港の猫たちである。

猫を見ると、むかし読んだ近藤聡乃さんのエッセイの一節を思い出す。

動物園に行く度に思うのは「犬と猫はとてもかわいい」ということです。(『新編 近藤聡乃エッセイ集 不思議というには地味な話』2019,ナナロク社,91頁)

久しぶりに開いてみたら、タイトルがずばり「猫はかわいい」というエッセイだった。それにしても、動物園に行って、わざわざ「犬と猫はかわいい」と思うだなんて、「奇をてらってこんなことを書くのでは」と勘繰る人もあるかもしれない。でも私は納得する。犬と猫はかわいいのだ。犬と猫はずっと昔から人間と共に生活をしてきて、その暮らしぶりがすっかり遺伝子に書き込まれている(と思う)愛玩用ペットなのだから、それはかわいいに決まっている。対して、野生の獣は基本的に危険生物だと私は認識しているから、手放しに「かわいい、かわいい」とはやすのには少し抵抗があるのだ。たとえ相手が檻の中にいて、かつ、人間に慣れていても、である。

猫ってなんてかわいいんだろう。近藤聡乃さんのエッセイは、引用箇所の後、犬派か猫派か聞かれたら猫派と答えることにしている、……と続く。尋ねられたから答えるのであって、猫が好きか犬が好きかは曖昧らしい。

私は実家がかつて犬を飼っており、少女時代のほとんどすべてを犬とともに過ごしたにもかかわらず、安易に猫派を名乗ってしまう。でも実際に飼ったら、その都度揺らぐんだろうな。

 

 

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