今年こそニコニコ子育てしてみたし今年は半分過ぎたけれども・その2/構想

子どもがいない時間帯に家事をする。子どもが学校から帰ってからの1時間は「いつでも子どもに対応できる」状態にしておく、つまりゆるいことしかしない。例えば、すぐやめられるような気楽な読書とか。

イライラせずに子育てする方法として以上のことを実践すると決めたが、まだ実行に移していない。今日も子どもの帰宅後すぐの時間は絶賛調理中で、月経が近いせいもあるだろうがイライラが止まらなかった。子どものためでもあるけれど、自分のためにもどうにか現状を改善したい。

まずは作戦を立てよう

ひとつ心配なのが、「大食の家庭で作り置きは有効か」ということだ。

我が家は食後、基本的に「残り物」が発生しない。ご飯は1度に5合炊いて余った分を冷凍か冷蔵しているのだが、おかずはほぼ例外なく、余らない。「一度にもっとたくさん作ればいいんだよ」という意見もあるだろう。無意識に「1食分にちょうどいい量」だけ調理している可能性もある。そして、そうなりがちな理由のひとつが「一度に購入する食材のボリュームが不足している」だろう。冷蔵庫の中を見ながら「これは腐るのが早いから今日使って、これとこれは明日のために今は手をつけず、……」と判断する。「適度に使う」ことを心がけると、一度に使う量は自然と制限される。冷蔵庫の中をけっこうぱんぱんにしておくのは打開策になるかもしれない。

小学生の子どもたちは以前と比べて格段に食べる量が増えた。また、肉も魚も好まない娘のために、豆や加工肉でたんぱく質を補わざるをえない場面も多い。

「スーパーマーケットで売っている肉を1パック買えば夕食はまかなえます」という状態は終わりつつある。それに気づいて、「そろそろ業スーデビューかな」と考えていたところだ。一度に大ボリュームで買えそうだし、お手軽食材が豊富そうな業務スーパーを上手に使っていく段階に入ったのだと思う。大量買いした食材を大量に処理する日を週に一回もうける。あとはその「貯蓄」でやりくりする。「貯蓄」が尽きた日は近所のスーパーに惣菜を買いに走る。これはいいかもしれない。

土日、あるいは月曜の午前中に業務スーパーでどっさり買っておく。そして、「どうせペースが上がらない」月曜にまとめて調理する。まずは実践してみよう。

「やっていること」の過小評価はイライラに関係する

4月は調理中の指のケガがやたら多かったことを以前ブログで書いた。疲労がすさまじかったことが原因だろうというのも書いた。

疲労。それもケガの原因たりうるが、今日気づいたことがある。「自己肯定感が低くなっているとケガが増える」。今日の料理中、私はイライラしていた。そして、イライラしている自分を非常に残念に感じていた。自分は母親としてだめだと思った。突然、手がすべって、左手人差し指の爪の先を包丁が割った。そこで、はっとした。

(考えてみれば、4月の『疲労が原因のケガ』だって自己肯定感が低くなったことと関連があるかもしれない。疲労困憊に陥るほど何かに熱中して、それが終わってしまうと、ほっとする反面さびしくなってしまうものだから。しかし今日はこの点には深入りしない)

どうにか調理を終えて娘に食べさせ、片づけを終えて、娘がスイミングバスに乗るため出かけるのを遠く聞きながら、ひとりの部屋で寝転んでいたら、この先のことが不安になった。今頑張っていることが何もうまくいかなくなるような気になった。自己嫌悪って怖いなと感じた。直接関係のあること(家族関係・家事)はもちろん、直接関係のないことにさえマイナスのビジョンを与えてしまうのだから。

イライラするのは、何度も繰り返しているとおり、慌ただしさや焦る気持ちが原因だが、実は、そのイライラには他にも見落とせない要素があることに気づいた。「こんなこと、さっさと終わらせなきゃ」「麻婆豆腐茄子とスープ、カットしたトマトとキュウリ。これだけのメニューだから。たいしたもの作ってないんだから、ぱぱっと終わらせて当然」こういう気持ちで調理している。

明らかに、自分の行為を過小評価している。私の日常的な調理は、よその家庭に誇れるようなものではないかもしれない。それでも、「こんなの、大したことない」と卑下するようなものでもないはずだ。食べるということを大切に考えているつもりなのに、そして、「家族のため、自分のため、調理を担当している人は皆、偉大だ! もっと評価されていい!」と主張したいと考えているのに、なんという大きな矛盾。

スケジュールだけでなく考えかたも見直そうと思った夕方だった。

 

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