オオヤヨシツグのきれいにまとまらない話・後編/枠も作為も超えたところへ
無表情の人物をモチーフにした絵や立体作品で見る者にインパクトを与えるオオヤヨシツグ氏へのインタビュー後編。前編では、数学や仏教への興味について語ってもらった。知識を得ることそのものを目的とせず、どのように世界を捉えるか・世界と向き合うか、知識を通じて探ろうとしている姿勢に共感した。
引き続きオオヤ氏が関心のある事柄を尋ねながら、これからの創作について展望を探った。
すき間を埋めるために絵を描いている
――他にどのような本を読んでいますか。
今年あたりから心理学の本も読み始めて。加藤諦三(※1)さんの『「大人になりきれない人」の心理』(※2)なんですけど。自分ってむっちゃ子供っぽいし、なんでこんなにちゃんとしてない人間なんだろうとずっと思ってて、その理屈がわかったんです。心にずっとすき間があってそのすき間をうめるために絵を描いたりしてるんだな、と。幼児期の自己形成で何らかの問題があると、大人になりきれない大人になる気がします。
――読書を通じてそういう気づきがあったということですね。
本を読むことで、どうしてこう自分が欠落した人間なんだろうというのをひもといていくことができて、安心できたんです。自覚しているのとしていないのとでは全然違う。僕が音楽を作ったり絵を描いたりするのも、他の人がアルコールやギャンブルに走るのも、すき間を埋めるためなんですよ。誰かに怒るのも実は別の原因があって、そこから怒りが発生していたりして。母親とか父親とかとの関係を見ていくとちょっとずつ自分が見えてくる。自分が見えてくると周りの人のことも見えてくる。今は福岡に住んでいて、佐賀では展示したりして、福岡の人にも佐賀の人にもすごく助けてもらって「本当ありがとうございます」って感じです。
――大きな変化ですね。
でも、今も自分はめちゃくちゃピーターパンだと思いますね。僕の父親は幼い時に母を亡くして愛情を満たされずに生きてきたらしいんです。満たされない分、仕事で出世して自分の心を満たそうとしたんですよね。でも名誉とかお金で埋めようとしてもずっと欠落したまま。穴のあいたバケツに水を入れるようなもので、もっと、もっと、と際限がない。ショーペンハウアー(※3)という哲学者が「幸せは身近なことにある」ということを言ったらしくて。そうかもしれないですね。日光に当たるとか、風が気持ちいいとかに幸せを感じられるほうがいいなと思います。ミュージシャンの甲本ヒロト(※4)も「幸せになるんじゃない。幸せを感じることができる心を手に入れるんだ」といったことを言ってて。それを思うと、欠落したものを何かで埋めようとしてもあんまり意味がないっていうか。自分の答えみたいなものがすぐそばにあって、それを知らずにみんなさまよっている感じがするんですよね。さまよわないとわからないこともあるのかもしれないけど。僕にとって、佐賀で展示した絵とか作品は心のばんそうこうみたいな感じで、傷を治すために貼ってるものだったんです。それがどんどん売れて、売れるごとにばんそうこうがはがれていく。そういう感覚でした。
作為から離れた制作ができたらいい
――生まれ育ちは沖縄ですか?
沖縄生まれ東京育ちです。といっても父が転勤族であちこちで過ごしました。福岡に来たのは父の介護の手伝いです。父親が勤務地の福岡で倒れて、その父を介護していた母の体調が悪くなったから、僕が東京から福岡に来て。3年間を福岡で過ごして自分自身だいぶ変わりました。福岡の皆さんに大切なことを教えてもらえたと思っています。福岡の人は温かくて、だから僕は自分と向き合うことができました。
――福岡で暮らすうちに心が満たされたということでしょうか?
そうかも。いろいろ気にならなくなった。「悟り」について1ミリくらいわかったのかもしれません。「わかったのかも」というのは、「もしかすると」というレベルで、実際は全然なのかもしれないですけど。いま僕は「これからほんと何しようかな」て感じなんですよね。この3月に定年退職した親が関東に家を建てていて、いずれそちらに移るので、僕も介護の手伝いで関東に戻るんです。「自分の意思で人生をなんとかする」って意外とないんだなと思って。
――仏教的なもの言いですね。
「中動態(ちゅうどうたい)」ってあるんですよ。能動でも受動でもなくて、与えられた状況とか環境の中で選択していく。それしかないですよね。最近好きな言葉は「漂えど沈まず」で、開高健(※5)が愛した名言らしいです。もともとヨーロッパの名言らしいんですが。今は、ふわっと流れに任せてます。
――オオヤさんが描く人物の無表情は、悟りの表情なんでしょうか?
何でしょうね? 表情ってあんまりつくりたくないんですよ。僕の絵は眉毛を描かないでしょう。描くと、怒ってるとか泣いてるとか出てしまう。……何がしたいんでしょうね。でも 音楽とかもちょっと作ってみたいなと思います。大それたものは作れないです、理論わからないし適当に作ってます。前は友だちとバンド組んでライブやったり。ラップの真似事みたいなことをして。ラップを作るときはテーマを4つくらい用意してそれをミックスすると、自分では思いつかないようなものが見えてきたりします。テーマが4つというのは、立体にするようなイメージですね。点と点つないだら線になって、もう1点加えたら面になって、もう1点加えたら立体になる。その中に真相のようなものがある気がする。
――例えばどんなものを作られてるんですか?
『母さんパチンコもうやめられない』という歌があるんですが、エヴァンゲリオンと胎内回帰願望とパチンコと神社をミックスしています。これが全部僕の中でつながったっていうか、一番すっときた。エヴァンゲリオンでは、搭乗時につなぐエントリープラグがへその緒の、LCLっていう液体が羊水の象徴といわれます。神社は、鳥居が女性器を表していて、産道を通ってお宮さんに行くという俗説があります。そして胎内回帰してまた生まれなおす。さらに、パチンコの盤面の下にある、ぱかぱか開くポケットを、へそって呼ぶんですよね。この4つをミックスして組み合わせたら何かが見えてきて……それが何か忘れちゃったんですけど、「ああこういう感じになるんだ」っておもしろくて。作品が自分から、自分の作為から離れたような感じがしておもしろかったんです。
――作る行為の最中に「自分の作為から離れる」とは、逆説的でおもしろいですね。
不思議とそういう瞬間があります。ジョン・ケージ(※6)は易(えき)という占いで音楽を作ることがあったらしいんですよ。それを今度やってみたい。ボックスの中にランダムに言葉を入れて無作為に引いて並べてテーマつくって。それで音楽を作ってみたら、自分という枠からはみ出たものになる気がします。「当たり前」とか「つまらない」とかを超えて作りたいとは思います。大谷翔平君がホームラン打つのって当たり前じゃないですか、あれだけ筋肉があって練習して努力して。それより、よぼよぼ・がりがりのおじいちゃんがホームラン打つほうが怖いじゃないですか。無表情でクレイジーなことやってたほうが怖いなって。だから、「なるたけ普通でありたい、ノーマルでありたい、突飛なことしたくない」って思います。
--今日はありがとうございました。
オオヤヨシツグさんについて知りたい人はこちらをご覧ください→https://www.instagram.com/oya_1217/
※1 加藤諦三(かとう・たいぞう):1938- 社会学者、心理学者、評論家。人生論などの著書で知られる。 ↩︎
※2 加藤諦三著.PHP文庫,2008 ↩︎
※3 ショーペンハウアー:1788~1860 ドイツの哲学者。その思想は日本の作家にも大きな影響を与えた。代表的著作として『意志と表象としての世界』などがある。 ↩︎
※4 甲本ヒロト(こうもと・ひろと):1963- ミュージシャン・シンガーソングライター。THE BLUE HEARTSやTHE HIGH-LOWSなどで活動し、現在はザ・クロマニヨンズなどのボーカルを務める。 ↩︎
※5 開高健(かいこう・たけし):1930~1989 小説家。『裸の王様』で芥川賞受賞。行動派の作家として評価が高い。 ↩︎
※6 ジョン・ケージ:1912~1992 アメリカの作曲家。騒音、仕掛けのあるピアノ、易(えき)などをとり入れた音楽が世界中で評価されている。 ↩︎
初出:佐賀近辺のアート情報を紹介するサイト・potari HOME – potari