オオヤヨシツグのきれいにまとまらない話・前編/怖い世界を怖くなく語る

2024年3月、嬉野市塩田町の「喫茶いとやま」で開催された『だぶるおおや展 「オオヤヨシツグ」「オオヤノリコ」による2人展』。オオヤノリコ氏との縁で会場を訪れた筆者は、同氏が「オオヤ先生」と慕うオオヤヨシツグ氏と初めて対面し、その作品に接した。

オオヤヨシツグ氏の作品中に描かれた顔はいずれも表情を欠いている。腹に目鼻口のついたシュールな姿態だったり、頭の一部を欠損させたまま立っていたり。中には剥き出しの脳を抱えて静かに立つ人物像も。決してグロテスクではないが、「ユーモラス」でかたづけることもできない。鑑賞した者に無数の「?」を提供したはずだ。

絵を描くだけでなく立体作品も作る、音楽をやる、短歌を詠む。映像作品に出演するし、はたまたインタビューブックを制作したことも。このオオヤ氏、数学や仏教に関心があるというからまた興味深い。沖縄生まれ東京育ち福岡在住、遠からず関東に転居する彼に疑問をぶつけてみた。

この世界は意外と怖いし、気持ち悪い

――オオヤさんにとっての芸術はどんなものですか?

枠組みからはみ出るものに芸術を感じます。僕は自分がはみ出てる感じは全然なくて。自分が作っているものを「芸術」とも思わないし、なんだか「人間に向けて作っている」と感じています。作るのは好きなんで、その日の気分で作るけど、何やってるか自分でもわからない。

――作るのは昔から好き?

子どもの頃から絵を描くのは好きでした。今こういうことしているのは、20代前半で美大生たちとルームシェアした影響が大きいです。作品や音楽を作る人はこんなにいっぱいいるんだ、なんかいいなあ、と感じて。その美大生たちと一緒にラジオの真似事したり音楽つくったり絵を描いたりしていました。

――作風は昔から今みたいな感じ? 

顔はずっと描き続けています。もう記号になってます。「顔」っていう記号。……脱線していいですか? 数学の話なんですが、最近、フィボナッチ数列(※1)っていうのが気になって。ひまわりの種の配列とか物理法則で決まっているらしくて。松ぼっくりとかとかパイナップルとか。花びらも、葉っぱの間隔もぜんぶ黄金比で、フィボナッチ数列にそっている。僕ら哺乳類って、目がここにあって鼻がここにあって、他にも手足の配置とかだいたい一緒じゃないですか。もっと個体差があってもよさそうなのに、気持ち悪いな、と。物理法則とか環境因子とかでかすぎると思って。

――人の体のつくりが似通っているのが気持ち悪いとは、昔から考えていた? 

いや最近です。フィボナッチ数列を知ってから気持ち悪いなと思うようになって。宇宙の引力とか重力とかそういったものですべて決まっちゃうんだ、という。

――無意識に昔から感じていたのかもしれないですね?

そうかもしれない。脳がここにあるから、脳の指令が一番素早くいくように目がここにあって鼻がここにある、という具合に大事な器官が集中していて。そういうのが気になりますね。気になるといえば福岡市美術館で『オチ・オサム展』を鑑賞して、球体がそこかしこに描かれているのは配列が決まってるのかなと思って、怖くて。計算して描いてそうですよね。その絵を作るに至った心理が僕の理解の範疇を超えてて、そういう時は呆然とするしかないです。怖いのは他にもあって。日本のキャラクターって、白銀比(※2)っていう比率に収められているらしいんです。我々の本能が「可愛い」って感じるものは、ほぼ白銀比に収まっている。建築とかも法則があって、いろいろ見ていると「全部数学だ、怖い」と思います。全然詳しくないんですけど、そういう感じで数学が気になっています。幾何学とかちょっと勉強しようかなと思って。知らないこと多すぎるんです。今まで何の勉強もしてなくて。野球を中心にスポーツばっかりして、絵の勉強もしてないし。ずっと独学でやり続けてきました。今は作るより本を読んだりして理屈がわかってくるみたいな感覚が楽しいです。

数学、仏教、世界の捉えかたを探るさまざまな手段

――数学を好きな人って珍しい気がします。「自分の知りたいことの答えはここにある」というのを数学に感じておられるのでしょうか。

答えがここにある、というのはちょっと違います。岡潔(※3)さんの『数学する人生』(※4)を読んでいたら、「問い自体が答え」みたいなことをいっていました。(事前に渡した取材メモを見ながら)あと、脳への関心か。父親が15年前に脳幹出血で倒れたことがあって。1、2か月前には脳出血で倒れて、いま入院してるんです。脳にダメージいくと体って麻痺るんだと思って。それはあとづけ的な理屈ですけど。脳、気になりますね。(自分の腕を指ではじいて)ぱちってした時に、ここが「痛い」って思ってるんじゃなくて脳が「痛い」って思っている。それが痛覚らしいです。五感とかも目で見えてるものも、実際あるかどうか証明できない。全部自分の目のレンズをとおして脳のほうにしわよせされてるから。今あるこの世界って全部自分の主観で作り出しているんだな、と。

――自分の認識している世界が絶対じゃない、という危うさを感じているということですか?

そうですね。最近聞いておもしろかったのが、人間の脳って文字が読めるようにできていないらしいですよ。脳の中で間接的につなげて読んでいる。文字を読む能力は、自分たちに生まれつき備わっているシステムじゃない。「確かにそうだな」って思いません? だって文字なんて持ってる生物いないじゃないですか。それを知って、「ああ、おもしろい」って思って。普通に我々文字読んでるけど、それは普通のことじゃないんです。難読症ってあるじゃないですか。文字を読むことが困難な人は世界の捉えかたがどう違うのか、本を読んでみたいと思っています。目の前にあるこれも、皿とかフォークっていう言葉があって世界から切り出している。その切り出しかたが、「枠」な感じがするんですよね。

――文字がなかったり、ものに名前をつけていなかったりしたら、人間の世界の捉えかたって大きく違ったんでしょうね。赤ん坊が世界をどう捉えているのか、と共通するテーマかもしれないですね。

そうそうそう。自他が混濁した、ぼやっとした世界のほうが僕にとっては現実の感じがする。枠の外にはみ出ているものが自然な気がするんです。枠の中のものは、人間側の視点で勝手に全部つくってるだけなのかな、とか。言葉がないとコミュニケーションは難しいですけど、本当に大切なものってこのあいだ(インタビュアーと自分のあいだの空間をなぞる)にあったりとか、もっとぼやっとてしてるのかな、と。他人との境界線は絶対つきまとうんですけど、我々もともと無とかカオスみたいなところから生まれてきているわけじゃないですか。岡潔さんの本で、一本の太い木から派生した葉っぱが僕たち人間、とあったんです。葉っぱも自分たちだし、でっかい幹ももともとの根源とか根っこみたいなのたどると自分たち。それこそ仏教とかに通じますよね。

――岡潔さんは数学者でありながら仏教的ですね。

そうなんです。本を通じていろいろ学んで、今は「縁起」とか「万物の相互依存関係」とかにも興味があります。絵がどうとかいうより、人類とは、世界とは何なのかに興味があって。わかんないですけどね、結局。

――数学とか仏教とか、アプローチはいろいろだけど決めつけとか枠とかは疑ってかかるというか?

そうですね。国家とか社会システムとか言語とか、人間的な枠組みの中で暮らしていかなきゃいけないし、それらを振り払うことは絶対不可能なんですけど、もう少し自由に生きられないかと思う次第です。……一方で、社会に生きる人間として、政治などニュースを通じてちゃんと知らなきゃな、と思っています。なんだか矛盾しているみたいですが。

――いえいえ。……見えているのが絶対じゃないし、言葉や脳をつかって把握している世界が絶対じゃない。それを絶対視して世界を捉えるのではなくて、違う捉えかたを試みたい。そういうことですか?

ひとつの視点じゃなくいろんな捉えかたができたらいいな、と。生物学的に、とかいろんなアプローチがあると思いますし。岡潔さんのこの本に「不一不二」という仏教の言葉が紹介されていて、AとBは一体であり、かつ、別々である、という意味なんですが、そういう自他の重なる部分がある、中間みたいな捉えかたが本当な感じがする。最近は仏教に興味が出て、買っちゃいましたね、般若心経。この世のものはすべて空(くう)である。色即是空(しきそくぜくう)、空即是色(くうそくぜしき)。五感もすべて幻である。この、うつろっていく感じ。自分から離れていく感じが共感できて。「自分のこと、どうでもいい」とまでいかないんですけど、そこまで自分に執着する必要ないのかな、とか最近は考えています。

【後編に続く】 

オオヤヨシツグさんについて知りたい人はこちらをご覧ください→https://www.instagram.com/oya_1217/

※1 フィボナッチ数列についてはこちらのサイトを参照:https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=67050?site=nli ↩︎
※2 白銀比についてはこちらのサイトを参照:https://tsunagaru-design.jp/archives/1371 ↩︎
※3 岡潔(おか・きよし):1901~1978 数学者。数学の世界で大きな功績を残す一方、文学や仏教にも造詣が深く、優れた随筆作品を残した。1960年に文化勲章受章。 ↩︎
※4 岡潔著.森田真生編.数学する人生.新潮文庫,2019. ↩︎

初出:佐賀近辺のアート情報を紹介するサイト・potari https://potari.jp/

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