試行錯誤の最中か、試行錯誤の末に立っている人が好きだ

忘れないうちに書き留めようと思うのだけれど、どれくらい正確に再現できるかわからない。

結論としては、自分が本当に作りたいことを作るしかない。といったありきたりな言葉に集約されるのだが、先日、自営業の男性と話す機会があって考えさせられることが多かった。

そもそも、男性は具体的に何を作る人なのか。本人が「今はあまり目立ちたくない」と言っていたので、ここでそれは明かせない。

その人は親御さんから事業を承継した当初、様々な出会いがあったという。というか、急にいろんな人が寄って来た、というのが正しい実感らしい。どんどん増えていく周囲の人たちに染まり、SNSにも馴染んで生活しているうちに日ごと違和感が大きくなっていった。ある時期から人間関係もSNSもすっぱり整理した。一方的に寄せられる情報の渦から距離を置いたのだ。

その頃、生活が苦しくなったので夜間のアルバイトを始めた。一方で、自分の作りたいものを真剣に突き詰めていった。気づいたら、夜間のアルバイトで得た給料にほとんど手をつけずに数か月暮らせていた。

そのくだりを聞いたとき、私がまだ味わっていないその喜びを、ほんの少し味わえた気になった。

SNSは自分の生活を実際以上に見せたい人向けのツールだと男性は言う。私がSNSに投稿するとき、そんな心理がみじんも働かないといえばウソになるし、他の人のSNSを見て男性の指摘に該当しそうな事例も目にするので、ある程度同意する。私の見た範囲では等身大で発信している人ももちろんいる。田舎の広大な庭での家族の姿を素敵な言葉と共に投稿する友人のSNSが、もし虚飾にまみれていたとしたら、私はけっこう冗談抜きに人を信頼する気力を失ってしまうだろう。

私は男性に、SNSはとてもせわしいメディアだし、向き・不向きがあると答えた。虚勢を張るのが平気な人か、このせわしいツールと自然体でつき合える人には向いていると考えを述べた。私自身には向いていないとも。

世間の波から大きく遅れて二年前にSNSを始めた私は、メッセンジャー機能が連絡をとるのに便利という点はともかく、SNSにいまだ馴染めないでいる。男性に伝えたとおり、あまりにせわしいメディアだし、自分自身も、投稿した途端、それどころか投稿しようと思った途端に、自己顕示欲と無関係の日常が、自己顕示欲とか他人のリアクションを待ち望む気持ちとかにぐにゃりと巻き込まれる気分になる。それ以上にやっぱりせわしい。投稿しようという気持ち自体が日常に必要以上の忙しさを持ち込んでしまう。だから、本音を言ってしまえば、SNSは好きじゃない。向こうからやって来る膨大な情報に助けられることもしばしばあるけれど、情報の膨大さも含めて、SNSは好きじゃない。

とはいえ。男性が私に与えた重要なメッセージ・自分が作りたいものを作るということの重要さは噛みしめつつ、SNS活用法を来週あたりから本格的に模索するつもりだ。試行錯誤が続く。私が出会った男性のように、いつかはその末にたどり着きたいと思う。というより、その男性自身、以前より落ち着いた境地にいるというだけで今も試行錯誤の最中にいるのかもしれない。

 

 

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