ハエはまだ家の中にいる
買い物から帰り、買ったものすべてを冷蔵庫や棚にしまい終えた私の視界を、ひゅんと横切って行ったものがある。
ハエだ。
何時間か前から格子のある窓を網戸ごと開けていたから、もう外に逃げていたものかと思っていた。
ゴキブリを叩くことには自信があるが、ハエとりは難しい。
目と目が合った…というか、ばったり顔を合わせた…というか、お互いの存在に気がついたとたん、ばっと華麗な走りを見せるゴキブリより尚速く、やつら、ハエは飛ぶ。
今、稲垣栄洋さんの『生き物の死にざま』(草思社)を読んでいるんだけど、蚊(アカイエカ)の壮絶な生き方と死に方を知って、
「蚊を殺すのをあきらめるのは無理だけど、ふらふら飛んでいる蚊を見てここぞとばかりに
ぱちんと潰すのは、せめてやめてあげよう。そういう蚊を仕留めて自分の両手に血がつくと、
『やっぱり吸ってた!悪党退治』みたいな達成感があるけれど、決死で卵を産もうと
外に向かおうとしているのだから知らんぷりをしてあげよう」
という気になったけど、ハエだけは勘弁ならない(もちろんゴキブリも)。
『生き物の死にざま』は続編が出ているらしいけど、ハエとゴキブリの項があったらどうしよう。
いや、仮にあったとして、それを読んでも、ハエとゴキブリは容赦しないだろう。
容赦しないっていってもハエは飛ぶのが速いから窓を開けて外に出てくれるのを待つしかないんだけど、出てくれないんじゃまいるよな。
弱るまで待ってハエたたきで仕留めるか。
前から思ってたけど、『蜘蛛の糸』で登場するのが蜘蛛なのは、蜘蛛が実は、家の中の害虫を食べてくれる益虫だからだよね。
ハエやゴキブリは違うよね。
蜘蛛と違って糸を出さないから糸をつかんで上っていくなんて無理だしね。
仮に私が地獄に落ちるとして、殺さずにいたハエかゴキブリが私を地獄から救ってくれるために垂らしてくれるものって何だろう。
あまり想像したくない。